視聴覚的実演の保護に関するWIPO外交会議出席レポート

home 実演家の権利を知ろう 視聴覚的実演の保護に関するWIPO外交会議出席レポート

はじめに

WIPO外交会議・開催概要

●日時:2012年6月20日(水)~26日(火)

●場所:China World Trade Centre/China World Hotel

会議受付の入口

 2012年6月20日(水)~26日(火)の7日間、中国・北京市において視聴覚的実演の保護に関するWIPO外交会議が開催された。この外交会議では、俳優にとって悲願ともいえる「視聴覚的実演に関する北京条約」が採択された。前回、さまざまな努力がなされたにもかかわらず合意形成が叶わなかったジュネーブでの外交会議から10年以上が経ち、ようやく達成された条約採択であった。本稿では、今回北京での外交会議開催までの経緯を述べたあと、会議の争点をまとめ、最後に、今後の課題を検討したい。

( PRE事務局 後藤 裕美 )

国際条約と北京外交会議に至るまでの経緯

 今回、北京外交会議では無事「北京条約」が採択されたのだが、著作隣接権の保護に関する基本条約としては、まず、1961年に制定された「実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する条約(ローマ条約)」が挙げられる。このローマ条約では、今回の外交会議で最も争点となるだろうと懸念された「権利の移転」について定められている。ローマ条約第19条<映画に固定された実演>※1 にて、いわゆるワンチャンス主義がとられている。ワンチャンス主義とは、実演の権利移転に関する原則で、実演の録音・録画の許諾を得ている映画の著作物の利用について、実演家には当該実演に係る権利は及ばないとされる。従って、実演家が権利行使できるチャンスは、一般的に出演契約時の一度だけであるため、‘ワンチャンス’と呼ばれている。このローマ条約を受けて、日本の著作権法においても、ワンチャンス主義が採用されてきた(第91条2項※2 )。

 その後、注目すべきは1996年に採択された「実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約(WPPT)」である。この条約では固定された‘音’の実演の権利は認められたが、視聴覚的実演の保護については関係者間の合意が得られず、条約上認められるに至らなかった。そのため、「聴覚的実演」には国際条約において権利が付与されているが、「視聴覚的実演」については国際条約が存在しないという、‘音’と‘映像’の不均衡状態が発生してしまった。

 この状態を打破するために、開催されたのが2000年ジュネーブでの外交会議である。この会議では、視聴覚的実演についても権利を付与することに反対はなかったが、‘実演家の排他的権利が映画製作者に移転すること’についてヨーロッパとアメリカの対立が解消されなかった。ヨーロッパは‘音’と‘映像’の足並みをそろえようとしていたが、アメリカは録音・録画を許諾した実演についてその権利は映画製作者へ移転すること、すなわち推定譲渡を条約上の義務にさせようとしていた。その背景として、アメリカでは、ハリウッドの映画製作者の力が強いこと、国内法で実演家の権利を付与してはいないが、全米映画俳優組合(SAG)が強い力を持っており、出演時の契約で事実上実演家の権利は守られているため、国際条約で実演家の権利を保護する必要性を感じていなかったこと、などが挙げられる。これらの要因により、多くの関係者の努力にもかかわらず、条約採択には至らなかった。20条の条約案のうち、権利の移転について規定する第12条だけが合意することができないまま決裂となってしまった。

会議前の様子(青名札は加盟国)

 この状況に大きな変化がみられたのが、2011年第23回WIPO著作権等常設委員会(SCCR)だ。ジュネーブで合意できなかった第12条について妥協案が提出されたのである。それは、映画の著作物における実演家の権利が映画製作者に移転することを条約上の義務とせず、条約加盟国の選択にゆだねるというものであった。その背景には、映画の海賊版に悩まされていたアメリカの映画製作者が実演家とともに海賊版対策に取り組もうとするなど実演家へ歩み寄りの姿勢を見せ、実演家への権利付与に柔軟な姿勢を見せ始めたことにある。コンテンツ大国として、自国のコンテンツを守るために、実演家とともに取り組んでいく必要性を認識し始めたのだ。これを受け、WIPO総会が、視聴覚的実演保護条約を策定するための外交会議の再招集を決定した。この再招集された外交会議が、まさに今回の北京での外交会議である。前回外交会議から12年、ようやく漕ぎつけた外交会議の開催であった。

※1 ローマ条約第19条<映画に固定された実演>

 この条約のいかなる規定にもかかわらず、実演家がその実演を影像の固定物又は影像及び音の固定物に収録することを承諾したときは、その時以後第7条の規定は、適用しない。※ローマ条約第7条は<実演家の権利>を規定している。

※2 著作権法第91条<録音権及び録画権>

 実演家は、その実演を録音し、又は録画する権利を専有する。 二、前項の規定は、同項に規定する権利を有する者の許諾を得て映画の著作物において録音され、又は録画された実演については、これを録音物(音を専ら影像とともに再生することを目的をするものを除く。)に録音する場合を除き、適用しない。

▲INDEXへ

北京外交会議での争点~東西対立から南北対立へ

会議前の様子(赤名札はオブザーバー)

 前回の外交会議から12年、多くの人の注目は、前回合意がなされなかった第12条<権利の移転>についてであった。今回会議でも最大の争点と予想されていたが、会議開催の経緯で前述したとおり、今回会議開催のきっかけが、第12条の妥協案提出であったため、本条については会議開催前にほぼ合意形成ができていた。従って、大きく争われることなく早々に合意に至った。

 その代わりに争点となったのは第15条<技術的保護手段に関する義務>についてであった。コンテンツを使いたい発展途上国とコンテンツを守りたい先進国で対立が見られた。発展途上国にはコンテンツを利用したり、模倣したりすることで発展を目指したい意図がある一方、先進国は自国のコンテンツを守りビジネスに使いたい意図があり、対立となった。ジュネーブの外交会議では、ヨーロッパとアメリカという東西の対立だったが、今回会議では、発展途上国と先進国という南北での対立へ形を変えた。

▲INDEXへ

条約採択と最終声明

条約採択の瞬間

 6月24日(日)午後、議長の「adapted」という言葉によって条約が採択された。「adapted」という言葉が発せられた瞬間、会場からは歓声が上がり、参加者は全員立ち上がり拍手をもって、条約が採択されたことを喜んだ。拍手・歓声はしばらく鳴りやまなかった。  

 条約が採択されたあとは、各国代表や参加団体の代表が条約の採択について最終声明を述べた。とくに印象的だったのは、チリの政府代表者と世界俳優連合(FIA)代表者の声明だった。両者とも声明のあとは拍手と歓声が上がった。チリの声明では、riceとflowerを何のために購入するのかという小話を使い、参加者の共感を得ていた。「あなたは私になぜriceとflowerを買うのかと問う。私は生きるためにriceを買う。生きるための何かを得るためにflowerを買う。この条約の採択によって我々は全人類がflowerを買うための手助けをした」との条約採択の興奮冷めやまぬなかでのこの声明は大変感動的であった。

日本署名の様子

 会議最終日には条約への署名式典が行われた。122カ国が条約のfinal actに署名をし、48カ国が条約そのものに署名をした。日本もfinal actに署名を行った。最後の署名は中国が行ったのだが、中国が署名をしたあとには、ここでも大きな拍手と歓声があがった。また、署名のあとには、世界各国から届いた条約採択を祝福するビデオレターなどが披露された。会場においても、FIA代表・Agnete Haaland氏(当時)が開催地北京に合わせ、中国語を織り交ぜながら祝福の辞を述べ、会場は大いに盛り上がった。

FIA代表・Agnete Haaland氏(当時)のスピーチ

 今回、外交会議の閉めともなったこの署名式典の最後には、進行者が「実演家の今後の20年30年が、まさに、ここから始まる」と述べ、今後の視聴覚的実演の発展を祈念しながら、会議は成功裡のうちに閉会となった。

  視聴覚的実演に関する北京条約(仮称)|文化庁

▲INDEXへ

日本における課題の検討-まとめに代えて

 外交会議が成功裡に閉会し、条約も無事採択されたものの、喜んでばかりもいられまい。「変えていく」のはまさにこれからであり、日本において、北京条約を生かし、実演家を取り巻く環境をプラスに変えていくためには多くの課題があるだろう。

 採択前の会議中、日本政府が発言する場面があった。それは、他国から日本の著作権法は「条約案第12条について対応していないのではないか?」という質問に対する回答だった。第12条では、「実演家の権利を推定譲渡するか否かは各国の国内法に委ねること」に加え、「書面によるものを求めることができる」と、書面主義を採用している。つまり、北京条約の第12条には、これまでワンチャンスとして映画製作者に推定譲渡されてきた映画の著作物における権利を実演家が得ることや、慣例として口約束等で行われてきた実演家の出演契約が書面で取り交わすようになる可能性が期待できる。しかし、日本政府は、この質問に対し、著作権法第91条2項は条約案第12条に対応している、との回答をしていた。この発言は、北京条約が日本で批准したとしても、日本政府は著作権法の改正が必要とは認識しない可能性を示唆していると考えられ、日本の実演家の権利について何ら好転は望めない可能性がある。これは大きな問題である。

各国の出席者が集う休憩スペース

 また、仮に北京条約が批准されたあと、著作権法改正の動きがみられたとしても、改正されるまでには、かなりの時間を要するものと考えられる。条約の批准、著作権法改正、各々で多くの時間を要してしまうだろう。条約の批准までの時間については、例えば、1989年に国連総会で採択された「児童の権利に関する条約」では、1990年に署名、その後、国会承認され条約が批准されたのは1994年と、約5年もの時間を要し、国際社会からも非難を浴びたという。コンテンツの多様化が激しい昨今、同様の月日がかかってしまうことは実演家にとって決して望ましくない。また、著作権法の改正においても、一度の改正から次の改正まで、少なくとも3年の時間がおかれることが多い。まさに今年、違法ダウンロードの罰則等を含めた著作権法改正が行われたばかりであるから、次の改正は最短でも3年後である可能性が高い。これも実演家にとって短い期間とは言いがたい。  

 このような状況を少しでも改善するためには、まさに、実演家や権利者団体の努力が不可欠で、とくに、早期の条約批准や著作権法改正を訴えかける必要であろう。今回の外交会議中、FIAのワインパーティーに参加させていただいた際、本気で権利を取りに行く実演家や権利者団体のパワーを肌で感じた。会議の参加人数を見てもFIAの参加人数は圧倒的であり、条約採択への意気込みが目に見える形で表れていた。PREは日本において権利者団体の中でも実演家に近い団体といえる。今回の北京条約の採択を受け、まさにPREが定款に目的として定めている「実演家の権利の保護と発展向上をはかる」ために貢献できること、努力すべきことを真剣に考えねばならないだろう。私もPREの一職員として、微力とも呼べないくらいの微力であろうが、日常の業務の中でも、今回の北京条約を受けての実演家の権利向上について、常に考えていきたいと思う。

▲INDEXへ

中国/北京市と外交会議

北京市内の様子

 北京市内は、沿道に「WIPO視聴覚的実演外交会議」と書かれた横断幕が立てられており、市内のどこにいても歓迎の雰囲気が感じられた。また、会議開催前日のセレモニーや、会議休会日の万里の長城見学などの催しを通じて、会議開催への熱意や歓迎の意を強く感じられた。例えば、開催前日のセレモニーでは世界的に有名な実演家であるジャッキー・チェンが出演していた。また、セレモニー会場への移動や、万里の長城見学の移動の際には、我々が乗車したバスが走る車線は高速道路も含め一般車両は通行止めとされたうえ、沿道には警察官が配置されていた。そのおかげで、大変な渋滞で知られる北京市内を渋滞知らずで移動することができた。会議場内でも節々に外交会議開催の成功への意気込みを感じられた。例えば、セキュリティにおいては、会議場への入場時にとても厳しくチェックされ、持ち物の検査はもちろんのこと、空港で行われるチェックと同じX線のチェックがあった。出入りの度にチェックがあるので多少の煩わしさはあったものの、安全が守られている安心感はとても大きかった。スタッフもたくさん配置されており、ほとんどのスタッフが英語が堪能であった。こちらが会場図を見ながら迷っている様子があると、すぐに‘May I help you?’と丁寧に声をかけてくれた。

 このような中国政府/北京市の外交会議開催への熱意や、警察官や会場スタッフをはじめとするたくさんの人々の協力は、外交会議が無事に開催できたこと、さらには北京条約採択への大きな一助となっていたに違いない。

▲INDEXへ

FIAパーティーへの参加

 6月23日(土)夜、FIAのワインパーティーへ参加させていただいた。このパーティーは外交会議の会期中に行われた。 懸念されていた「第12条 権利の移転」についての合意がなされ、条約採択の見通しがたったことを祝してのパーティーだった。 パーティー中、FIA代表のAgnete Haaland氏(当時)が「我々は偉業を成し遂げた」「俳優たちにとって希望」「条約成立という世紀の瞬間まであとわずか」と 声高らかに述べていた様子がとても印象的で、Agnete氏に限らず、FIAのメンバーがとても喜んでいる様子がひしひしと伝わってきた。 全員での写真撮影の際にも、日本でいう「ハイ!チーズ!」の掛け声のところで「Ratify(批准)! Ratify! Ratify! 」と満面の笑みで声を上げていた。 FIAはその名の通り、世界の俳優たちの集団である。今回の視聴覚的実演の条約採択は本当に悲願だったに違いない。 また、全ての参加国・NGOにとっても言えるだろうが、とくにFIAについては、この条約を受けてどのように活動を進めていくのか、 彼らにとっても各国にとっても大変重要であり、注目されるだろう。

【参考サイト】
視聴覚的実演に関する北京条約(仮称)|文化庁
WIPO等における最近の動向について|文化庁
・外交会議の様子と、その意義については、こちらもご参照ください。
 「WIPO視聴覚実演条約」、北京外交会議で成立|IT企業法務研究所(LAIT)
 歴史的条約、俳優の権利のドアを開く|IT企業法務研究所(LAIT)
特別寄稿「視聴覚的実演に関する北京条約」って?(『季刊PRE』第12号掲載)
・視聴覚実演に関するWIPO北京条約の成立を記念して、芸団協CPRAがシンポジウムを開催しました。
 パネルディスカッションでは、PRE副代表理事・内田勝正と理事・木谷真規も登壇しました。
 WIPO北京条約採択を祝い、CPRAがシンポジウムを開催|CPRA
 「WIPO北京条約作成記念国際シンポジウム」開催される―条約を待ち望んでいたダルマの両目が
 15年振りに開く―|IT企業法務研究所(LAIT)

▲INDEXへ

←実演家の権利を知ろう トップに戻る

home 実演家の権利を知ろう 視聴覚的実演の保護に関するWIPO外交会議出席レポート