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「視聴覚的実演の保護に関するWIPO条約」ってなに?

『季刊PRE』第9号掲載

 実演は、その収録媒体あるいは伝達方法によって人為的に「聴覚的実演」(音の実演、例えば、音楽CDなど)と「視聴覚的実演」(影像の実演、例えば、映画やDVDなど)とに分類することができますが、演ずる側からすれば、これは所詮機器や媒体などを介して視聴や利用する側の都合であって、生の実演をその場で鑑賞する場合には本来こういった区別は不要です。自然人たる実演家とその人格の発露である演技が渾然一体となるものが実演だと考えられています。
 この人為的な区別に基づくかのように実演家の保護に関しては、長い間一種の差別的な扱いが存在しています。国際社会では、過去において「ローマ条約(昭和36年)」および「実演・レコードに関するWIPO条約(平成8年)」という二つの国際条約が採択されましたが、いずれの条約も「生の実演」および「聴覚的実演」に関しては実演家にさまざまな権利を付与しましたが、「視聴覚的実演」の保護は、関係者間の合意形成をみないまま最終的には含まれませんでした。言い換えれば、「視聴覚的実演」の保護に関する国際条約は未だに存在しない、つまり、「聴覚的実演」に比べ「視聴覚的実演」の保護が手薄い状態が半世紀以上も続いているということなのです。わが国の著作権法における実演家保護の枠組みは、基本的には上述の二つの国際条約をモデルにしています。例えば、実演家がその実演を映画に収録することに同意した場合には、別段の約束がなければ、映画(における視聴覚的実演)のその後のあらゆる利用については一切権利主張ができなくなっています(91条2項)。映画がどんなにマルチユースされても、実演家には経済的な利益の還元は一切ないということです。
 視聴覚的実演保護条約の策定を目指す動きと努力は、古くから実演家の国際組織「国際俳優連盟(FIA)」および「国際音楽家連盟(FIM)」が中心となって推進してきました。各国政府に懸命に働きかけた結果、平成9年以降、世界知的所有権機関(WIPO)の常設委員会(SCCR)で具体的な検討が始まりました。「視聴覚的実演」に関して実演家に人格権および経済的諸権利(排他的権利および報酬請求権)を付与すること(19ヶ条)については幅広く合意されたものの、「実演家の排他的諸権利を映画製作者に移転すること」を条約上の義務とするか否かをめぐって意見が対立していました。平成12年12月にジュネーブで開かれた外交会議では、さまざまな努力と試みがなされていたにもかかわらず、この対立は解消できず、条約の採択は結局見送られていました。以来、10年以上の間に条約作りに関する進展はありませんでした。
 再び転機が訪れたのは、平成21年以降アメリカ国内の情勢変化で映画製作者らが実演家への権利付与に柔軟な姿勢を見せ始めた頃です。関係者間の合意形成が徐々になされた結果、昨年6月の第22回SCCRでは、「実演家の排他的諸権利を映画製作者に移転すること」を条約上の義務とせず、移転を国内法に規定するか否かは条約加盟国の選択に委ねる旨の提案が出されました。これを受けて9月のWIPO総会は、平成24年の適切な時期に視聴覚的実演保護条約を策定するための外交会議の再招集を決定。11月下旬に開かれた外交会議の準備会議での議論を経て、「外交会議は平成24年6月20日~26日中国北京市での開催」が正式に決定されました。同外交会議で「視聴覚的実演の保護に関するWIPO条約」が採択されれば、史上初の快挙となるでしょう。課題は正しく「聴覚的実演」と「視聴覚的実演」の保護における不均衡状態の早期是正です。

芸団協・実演家著作隣接権センター 事務局長  増山 周

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